かつての中村遊郭があった名古屋市中村区大門。「寿湯」はそんな町の一角にあった。
外観は歴史を感じる堅牢なブロック塀。アーチ型の入口には「薬湯 中将湯温泉特約浴場」の真っ赤な琺瑯看板が掛かっている。中に入って、番台に座っているご主人に尋ねてみた。
「うーん、かれこれ80年くらいになるやろか、古いもんだでね、ここは」
「昔、中将湯使っとたで、看板はそのときのもんだわな」
…という返事が返ってきた。看板が貼られた年代はよく分からないということだったが、中将姫マークの変遷を見ると、戦後から昭和37年頃のものだろうか。
「中将湯」はツムラ(旧・津村順天堂)が、明治26年(1893年)の創業以来、100年以上に亘って販売されているロングセラー。もとは婦人病の飲用漢方薬だったが、それを風呂に入れる浴用タイプとして発売されたのが始まりだ。その名残りか、全国には中将湯という屋号の銭湯も多くあるようだ。
続いてもう一軒、「中将湯」の看板が貼られた銭湯を紹介してみたい。
古い町並みが残る石川県珠洲市正院界隈で見つけた「恵比寿湯」は、あとで知ったことだが、銭湯マニアの間では有名なスポットだった。
何しろ、ロケーションが能登半島の先っぽ近く。海まで100メートル。営業も週3日程度。創業は大正9年まで遡るという古さ。確かにどれをとっても話題性があるのだ。
僕は銭湯マニアではないので、入浴することへの関心は二の次だが、入口に掲げられた鯛をもった恵比寿さんのタイル画を見たとき、素直に、只ならぬ気配を感じた。
それを象徴するかのように、年季が入った建物の外観でひときわ目につく「くすり湯中将湯特約浴場」の看板。いわゆる鉄道系の大型タイプだ。商標のロゴは「TSUMURA」となっており、中将姫のイラストもかわいい。
おそらく貼られた時期も名古屋の「寿湯」と同時代だろう。それにしてもレトロな建物だ。あいにくの休業日で入浴はままならなかったが、能登の旅をよりディープにしてくれた内容に、感謝である。
どんどんいってみよう。
お次は、岡山県倉敷市の観光地、美観地区の中心から倉敷川に沿って続く静かな路地を、南に入った場所にある「船五湯」。
創業はなんと100年以上。知る人ぞ知る名銭湯である。
ここに「クリームワーム」の看板が貼られていると知ったのはネットの情報から。倉敷市内には「戎湯」にも同じ看板があるが、こちらは土曜休みとあって訪ねることができなかった。
のれんをくぐるとすぐに番台があり、女将さんとおぼしき人が座っていた。410円を払って脱衣場へ。
「あった、あった」…思わず声が出てしまった。黒光りする柱に「クリームワーム」の看板が貼られていた。その横には「マネービルの日興証券」の温度計。
撮影許可を貰い、看板やレトロな脱衣用ロッカーを撮らせてもらった。
それにしても「貴重品は番台へ」というコピーが最高である。中国地方には「ワーム」の看板が多く残っているが、銭湯仕様というものも存在していたのには改めて驚いた。「ワーム」は昭和23年(1948年)に富山市水橋で創業したワーム本舗(現・ワーム薬品株式会社)の置き薬で、現在も“売薬さん”による営業で配荷されている。
さて、ロッカーは鍵がかからないので、コピーの教えを忠実に守って(笑)、女将さんに財布を入れたディパックを預けた。
そして浴室へ。大人が2人ほどしか入れない小さな湯船には、暑い湯が満々と溢れていた。鼻歌交じりの先客のおじさんを気遣ってそろりと入ると、旅行者だと見破られたのか、倉敷のウンチクをしつこく聞かされた。
おかげでのぼせる寸前だったが…あまりの気持ちよさに極楽、極楽。
鳥取県倉吉市にある「大社湯」にも興味深い看板がある。
「レート白粉」という化粧品の看板。ちなみに“おしろい”と読む。発売は明治41年 (1910年)。明治11年平尾賛平商店として創業、昭和24年社名変更しレートとなった化粧品メーカーだ。
作曲家の平尾昌晃は直系の子孫である。「レート」は「西のクラブ、東のレート」と表され創業以来40年間も業界を二分したという。
貼られた看板について少し考えてみたいが、「白粉」と銭湯の関係は何か意味があるのだろうか?
銭湯と化粧、銭湯と女性を結びつけるのはややこじつけであるが、入浴によって身体や顔を清潔に綺麗にする…という連想から、銭湯に化粧品のホーロー看板があってもおかしくないかもしれない…と、言っておこう。
レトロな町・倉吉の隠れた一角にある「大社湯」の創業は明治40年で、すでに100年以上の時を刻んでいる。外観も年季が入った木造建築で、そこだけが時間が止まったような異空間である。
最後は、群馬県館林市の「梅の湯」。
入口に貼られた看板は、「バクレス式オゾン浴泉衛生浴場」。頭にタオルを巻き、背中を向けて入浴する女性のイラストがなかなか色っぽい。
更に、“厚生省田口博士実験発表”“美容家山野千枝子女史推奨”というのが、なんとも妖しげで、たまらない。
そもそもオゾン浴泉とはナニモノなのか?
調べてみると、特徴としては心地よく暖まり、お湯や空気も殺菌・浄化効果のある風呂のことだとわかった。
さて、この看板、他にもイラスト違いのものがあるようで、同じものは群馬県前橋市の銭湯でも見つけている。オゾン浴泉をうたった銭湯は多いので、全国的にも比較的残っている看板ではないだろうか。
「梅の湯」は創業100年以上の老舗。営業時間外のため入浴できなかったが、それ以来、看板にあった“美容と健康の泉!”というコピーがひっかかっている。
メタボ気味の僕に効果があるだろうか。機会を見つけて再訪したい。
[データ]
?寿湯/愛知県名古屋市中村区道下町4-5 電話052-471-8609 【営業時間】15:00-23:00 【定休日】月曜日
?恵比寿湯/石川県珠洲市正院町正院19-45 電話0768-82-0402 【営業時間】16:00-20:00頃 【定休日】月・水・金・土
?船五湯/岡山県倉敷市船倉町1249 電話086-422-5676 【営業時間】17:00-21:00 【定休日】日
?大社湯/鳥取県倉吉市新町3丁目2292 電話0858-23-2093 【営業時間】16:00-21:00 【定休日】5日・15日・25日
?梅の湯/群馬県館林市仲町12-36 電話0276-73-0195 【営業時間】16:00-22:00 【定休日】土曜日
「うーん、かれこれ80年くらいになるやろか、古いもんだでね、ここは」
「昔、中将湯使っとたで、看板はそのときのもんだわな」
…という返事が返ってきた。看板が貼られた年代はよく分からないということだったが、中将姫マークの変遷を見ると、戦後から昭和37年頃のものだろうか。
「中将湯」はツムラ(旧・津村順天堂)が、明治26年(1893年)の創業以来、100年以上に亘って販売されているロングセラー。もとは婦人病の飲用漢方薬だったが、それを風呂に入れる浴用タイプとして発売されたのが始まりだ。その名残りか、全国には中将湯という屋号の銭湯も多くあるようだ。
続いてもう一軒、「中将湯」の看板が貼られた銭湯を紹介してみたい。
古い町並みが残る石川県珠洲市正院界隈で見つけた「恵比寿湯」は、あとで知ったことだが、銭湯マニアの間では有名なスポットだった。
何しろ、ロケーションが能登半島の先っぽ近く。海まで100メートル。営業も週3日程度。創業は大正9年まで遡るという古さ。確かにどれをとっても話題性があるのだ。
僕は銭湯マニアではないので、入浴することへの関心は二の次だが、入口に掲げられた鯛をもった恵比寿さんのタイル画を見たとき、素直に、只ならぬ気配を感じた。
それを象徴するかのように、年季が入った建物の外観でひときわ目につく「くすり湯中将湯特約浴場」の看板。いわゆる鉄道系の大型タイプだ。商標のロゴは「TSUMURA」となっており、中将姫のイラストもかわいい。
おそらく貼られた時期も名古屋の「寿湯」と同時代だろう。それにしてもレトロな建物だ。あいにくの休業日で入浴はままならなかったが、能登の旅をよりディープにしてくれた内容に、感謝である。
どんどんいってみよう。
お次は、岡山県倉敷市の観光地、美観地区の中心から倉敷川に沿って続く静かな路地を、南に入った場所にある「船五湯」。
創業はなんと100年以上。知る人ぞ知る名銭湯である。
ここに「クリームワーム」の看板が貼られていると知ったのはネットの情報から。倉敷市内には「戎湯」にも同じ看板があるが、こちらは土曜休みとあって訪ねることができなかった。
のれんをくぐるとすぐに番台があり、女将さんとおぼしき人が座っていた。410円を払って脱衣場へ。
「あった、あった」…思わず声が出てしまった。黒光りする柱に「クリームワーム」の看板が貼られていた。その横には「マネービルの日興証券」の温度計。
撮影許可を貰い、看板やレトロな脱衣用ロッカーを撮らせてもらった。
それにしても「貴重品は番台へ」というコピーが最高である。中国地方には「ワーム」の看板が多く残っているが、銭湯仕様というものも存在していたのには改めて驚いた。「ワーム」は昭和23年(1948年)に富山市水橋で創業したワーム本舗(現・ワーム薬品株式会社)の置き薬で、現在も“売薬さん”による営業で配荷されている。
さて、ロッカーは鍵がかからないので、コピーの教えを忠実に守って(笑)、女将さんに財布を入れたディパックを預けた。
そして浴室へ。大人が2人ほどしか入れない小さな湯船には、暑い湯が満々と溢れていた。鼻歌交じりの先客のおじさんを気遣ってそろりと入ると、旅行者だと見破られたのか、倉敷のウンチクをしつこく聞かされた。
おかげでのぼせる寸前だったが…あまりの気持ちよさに極楽、極楽。
鳥取県倉吉市にある「大社湯」にも興味深い看板がある。
「レート白粉」という化粧品の看板。ちなみに“おしろい”と読む。発売は明治41年 (1910年)。明治11年平尾賛平商店として創業、昭和24年社名変更しレートとなった化粧品メーカーだ。
作曲家の平尾昌晃は直系の子孫である。「レート」は「西のクラブ、東のレート」と表され創業以来40年間も業界を二分したという。
貼られた看板について少し考えてみたいが、「白粉」と銭湯の関係は何か意味があるのだろうか?
銭湯と化粧、銭湯と女性を結びつけるのはややこじつけであるが、入浴によって身体や顔を清潔に綺麗にする…という連想から、銭湯に化粧品のホーロー看板があってもおかしくないかもしれない…と、言っておこう。
レトロな町・倉吉の隠れた一角にある「大社湯」の創業は明治40年で、すでに100年以上の時を刻んでいる。外観も年季が入った木造建築で、そこだけが時間が止まったような異空間である。
最後は、群馬県館林市の「梅の湯」。
入口に貼られた看板は、「バクレス式オゾン浴泉衛生浴場」。頭にタオルを巻き、背中を向けて入浴する女性のイラストがなかなか色っぽい。
更に、“厚生省田口博士実験発表”“美容家山野千枝子女史推奨”というのが、なんとも妖しげで、たまらない。
そもそもオゾン浴泉とはナニモノなのか?
調べてみると、特徴としては心地よく暖まり、お湯や空気も殺菌・浄化効果のある風呂のことだとわかった。
さて、この看板、他にもイラスト違いのものがあるようで、同じものは群馬県前橋市の銭湯でも見つけている。オゾン浴泉をうたった銭湯は多いので、全国的にも比較的残っている看板ではないだろうか。
「梅の湯」は創業100年以上の老舗。営業時間外のため入浴できなかったが、それ以来、看板にあった“美容と健康の泉!”というコピーがひっかかっている。
メタボ気味の僕に効果があるだろうか。機会を見つけて再訪したい。
[データ]
?寿湯/愛知県名古屋市中村区道下町4-5 電話052-471-8609 【営業時間】15:00-23:00 【定休日】月曜日
?恵比寿湯/石川県珠洲市正院町正院19-45 電話0768-82-0402 【営業時間】16:00-20:00頃 【定休日】月・水・金・土
?船五湯/岡山県倉敷市船倉町1249 電話086-422-5676 【営業時間】17:00-21:00 【定休日】日
?大社湯/鳥取県倉吉市新町3丁目2292 電話0858-23-2093 【営業時間】16:00-21:00 【定休日】5日・15日・25日
?梅の湯/群馬県館林市仲町12-36 電話0276-73-0195 【営業時間】16:00-22:00 【定休日】土曜日
- つちのこ
- 琺瑯看板探険隊が行く
- 1958年名古屋生まれ。“琺瑯看板がある風景”を求めて彷徨う日々を重ねるうちに、「探検」という言葉が一番マッチすることを確信した。“ひっつきむし”をつけながら雑草を掻き分けて廃屋へ、犬に吼えられながら農家の蔵へ、迫ってくる電車の恐怖におののきながら線路脇へ、まさにこれは「探検」としか言いようがないではないか。