自然、風景、動植物、人物、出来事、サイン。。。など日本には本当に多くのマンホール蓋が存在します。そのデザインを読み解くことによって土地の魅力をより深く理解することができるのも、マンホール蓋鑑賞の魅力なんです。

蓋にデザインされた想い


広島市のマンホール蓋といえば、そのインパクトから前回の記事で紹介したカープ坊やの蓋が有名ですが、他にもすばらしいデザインの蓋があります。まずは見てみましょう!

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広島市の色蓋 (2009年6月)

平和都市広島市にふさわしい色鮮やかな折り鶴がデザインされた蓋です。はじめて見たときは「千羽鶴を表現しているんだろうなぁ。広島らしい蓋だなぁ」と思ったのですが、実はもう少し深い理由がありました。このデザインは、右より広島市内を流れる猿候川、京橋川、元安川、本川(旧太田川)、天満川、太田川放水路を表すために6本の線になっているというのです。

広島市は、もともと太田川と支流によってつくられたデルタ地帯の上に発展した都市であり、戦中には高潮、豪雨、台風とかなりの被害があったそうです。そして誰もが知っている悲劇1945年8月の原爆の投下、翌9月には昭和の三大台風の一つである枕崎台風による被害で、広島市内は壊滅状態に陥ったのです。戦後の復旧活動の中、市内のインフラ整備とともに、1967年に太田川放水路(一番左の折り鶴の列)が完成し、現在の広島市の治水ができあがったのです。

私の想像かもしれませんが、この6本の折り鶴の列には、平和への祈りと復興への強い意志を感じてしまうのです。

さて次は福井市です。

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福井市の色蓋(2008年10月)

こちらもはじめて出会った時は鳥ということ以外まったくわかりませんでした。マンホール蓋のデザインは、その市町村の木、市町村の花、市町村の鳥などをモチーフにすることがよくありますが、撮影しながらなんとなく「本物の鳥じゃないだろうなぁ、手塚治虫の漫画にでてくるフェニックスのようだなぁ」と思ってシャッターをきったのです。

帰って調べてみると。やはり不死鳥(フェニックス)を表したものでした。福井市は「不死鳥のまち」を宣言していたのです。

福井市の歴史を調べてみると1945年の福井空襲では、市街地の損壊率84.8%という大規模な爆撃をうけました。さらに1948年に復興間もない街を福井地震が襲ったのです。福井地震は戦後では阪神・淡路大震災の次に死傷数をだした地震で、この地震を契機に震度7(激震)ができたほどの大きな直下型地震でした。
この大きな悲劇を乗り越えた福井市で1952年 災害復興を祝う復興博覧会が開催。この会のシンボルマークが不死鳥であったようです。以来 不死鳥のねがい(福井市市民憲章)にはじまり、フェニックス通りや、フェニックス・プラザ、フェニックスまつりなど、想像上の鳥「不死鳥」は広くシンボルとして市民に親しまれており、蓋にもデザインされたのです。

想像上の鳥である「不死鳥」がマンホールの蓋に描かれ、福井の街を見守っている。。。そんな想いが伝わってくるデザインで、私のお気に入りの蓋の一つです。

蓋にデザインされた意外な事実


さてどんどんいきましょう。次は昭島市の蓋です。

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昭島市の色蓋(2010年6月)

愛嬌のある鯨がデザインされた蓋をはじめて見たときには意味がわかりませんでした。昭島市は東京の多摩地区に位置する市で、海からはかなりの距離があります。そんな土地に、なぜ鯨があるのでしょうか?

疑問は撮影中にすぐにとけました。私が撮影していたら地元のご年配の二人組のご婦人が声をかけ、「昭島くじらっていうの。昔この辺は海だったのよ!その時代の鯨の化石がでてきて、市役所にかざってあるのよ。」と楽しそうに語ってくれたのです。

この愛嬌のある鯨は「昭島くじら」と命名された鯨で、1961年にほぼ完全なすがたで発掘されたそうです。そう今から160万年前には昭島市は鯨が泳ぐ海だったんですね。。。

残念ながら、全身の化石は国立科学博物館新宿分館に保存され、市役所には一部分のみ展示されているそうですが。。。昭島くじらは、昭島市民くじら祭、くじら運動公園など市民生活に深く根付いて愛されているようです。

さて最後の蓋は。。。小布施町の蓋です。

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小布施町の色蓋(2010年5月)


そう皆様もうおわかりですね。このタッチは葛飾北斎のタッチです。
小布施町は長野県の北東にある町で栗が有名な観光地ですので、てっきり栗がデザインされているのかと思っていたのですが、葛飾北斎の「怒涛図の男浪」が描かれていました。

北斎はその生涯の中でパトロンあった豪商・高井鴻山の住む小布施に訪れており、その際に見事な天井画を描いています。その天井画はとても86歳で書かれたとは思えない迫力です。

まさか百数十年後に地面に自分の絵が飾られるとは思ってはいなかったでしょうが、その迫力のあるデザインの蓋は小布施の地を彩っているのです。

今回ご紹介した4つの蓋。。。様々な歴史や、事実などがデザインされていました。
もちろん他の土地のマンホール蓋も、デザインされたそれぞれの理由があります。
蓋から見えてくる地元の歴史や誇り、そして想いを考えながら蓋を鑑賞する。そんな想像が蓋探索の楽しみをさらに広げてくれるのです。





  • 森本 庄治

  • Twitter ID morimoto_t

  • 奈良井宿のマンホール蓋を今はなきPhoto共有サービスにアップしたところ反響があったのに驚き興味をもつ。マンホール蓋界の中ではまだ新参者。
  • コラボレーションソフトの専門家として活動している影響で、ソーシャルソフトを使った趣味の展開にはまっており、Twitter上のハッシュタグを使ったマンホール蓋ネタ #manhotalkやガンダムメカネタ#msvtalk。
  • ブログではマンホール蓋の#Manhotalk、土産物 おもに!!「出張みやげ日記」。ソーシャルソフトのサービス マンホールマップなどを実施中