何の役にも立たない門、それ即ち無用門。
 前回は無用門というものについてご紹介しました。読んでなければこちらにあるので是非ご一読を。何故なら今回の記事は前回のものと対になっているからです。
 改めまして前回は「通ろうとしても通れない」という変わった門についてでした。今回は

「何のための門だかわからない」

という門について、です。師走の忙しいときらしい、何だかためにならない記事ですね。忙しいひとときのみちくさとして、どうぞ。

 上の写真、門です。正確には門柱です。これだけなら一軒家なんかにもあるのですが、この門柱がある場所が問題。

何の変哲もない歩道が、この門柱のおかげでずいぶんと難しい道路に
 はい、路上です。歩道です。道です。何の変哲もない歩道が、この門柱のおかげでずいぶんと難しい道路になっております。
 加えてこの門柱、一体何のために存在してるのかなんて、こりゃもう全然分からないのです。
 おそらくは、この門柱までどなたかのお家があったのだと思います。それがどういう因果からか、この一画を歩道として提供したのではないかしら、と思います。

市民の方々が普通に通行するなんだかさっぱり意味がわからない門柱
 その甲斐あって、今ではこのように市民の方々が普通に通行するなんだかさっぱり意味がわからない門柱になっているのです。この物件は岩手県盛岡市にあって、知人から教えてもらったのですが、この何事もない感じとよくよく考えるとけっこうおかしな事になっているというギャップが実にトマソンらしい逸品です。

東京都中央区銀座にあります
続いてこちら。東京都中央区銀座にあります。みちくさ学会のトマソンカテゴリ第一回目にも掲載した物件なのですが、こちらは

「せっかく門(扉)があるのに何の役にもたっていない」

という実に哀愁漂う物件です。

ここは時間貸駐車場なのですが
 ここは時間貸駐車場なのですが、なんでこんなところに扉があるのか。お察しの良い方は見た途端にお分かりになるかと思いますが、元々はビルが建っていたのだと思います。で、この扉はビルとビルの境によくある目隠しの扉だったのです。
 それが、ビルがなくなってしまったのでもう何の役にも立たない扉のみが残った、というわけです。

頭の部分もしっかりとビルに接合
 駐車場側から眺めてみると、頭の部分もしっかりとビルに接合されていてますます何のためにこんなにしっかりしているのですかあなたという扉は!という気持ちを高めてくれてます。

東京都港区、浜松町駅そばの空き地
 続いてこちら。東京都港区、浜松町駅そばの空き地です。これのどこに無用門があるのかな?と言いますと・・・

一般家庭タイプの門がぽつねんとあります
 ここです。しかも先程のタイプとは異なってより一般家庭タイプの門がぽつねんとあります。
 これがまたキモで、都心のオフィス街になんでこんな一般住宅用にしか見えない門が据え付けられたのか、今となってはビルの跡形もないので余計にわかりません。浪漫です。

敷地の小ささと不景気が相まって更に哀愁が
 発生の経緯は先程の物件と全く同じだと思うのですが、こちらは敷地の小ささと不景気が相まって更に哀愁が漂ってます。

極めてノーマルな門
 最後にご紹介するのはこちら。極めてノーマルな門です。

 しかし、この門が実に不思議なのは。

「この門の先には何もない」

というところです。

 つまり、この門は誰も通さないとか、誰でも通すとかではなく、

「門なのだけれどもその門の先には何もない」

という凄さがあるのです。


 分かりづらいと思いますので若干の説明を加えますが、ぴたりと閉ざされたこの門、仮にくぐることができたとしても、
その先には全く本当に、何もないのです。


 住宅街なので詳しい場所の説明は控えますが、この門の先は植え込みと斜面です。仮に斜面を登れたとしても、そこには
月極駐車場があるのみ、です。

繁みの先に門がぽつんとあるばかり
 分かりづらいとは思いますが、門の裏側から撮影してみますと、高台にある駐車場から門を見て、繁みの先に門がぽつんとあるばかり、という何ともフリーダムな状態が保持されております。


 今回はいつもより更にニッチな記事を書きましたが、実はみちくさついでに見つかる不思議なものには、このような成り立ちがあるのかもしれませんよ、という事がとても楽しいのです。
 僕たちが何も意識しないままに日々を過ごしているのだけれども、少しだけ見方を変えてみると、こんなにいびつで愛らしい物たちが我々を待ち受けていてくれるのだなぁ、としみじみ思います。


 門のようで門ではないもの、2ヶ月にわたってお送りしてきましたが、いかがであったでしょうか。僕はもっと、いろんな無用門が見たいのでここを読んで「こんなものもあるよ」と思った方、是非ともご連絡頂きたい!というのが本望です。





  • 川浪 祐

  • From Basshead For

  • 1975年生まれ。中学生の頃父親の書棚にあった「超芸術トマソン (ちくま文庫)」を読んでしまい、トマソン探しの人生を送るようになる。元々は音楽やフェスの話などをしていたブログも今ではすっかり路上観察一色。