三重県には伊勢を目指す街道が何本も残り、かつての風情を残しています(津市・伊勢街道 市場庄宿)
新年あけましておめでとうございます。

今年も重箱の隅にこびりついたご飯粒をひっくり返して裏側を眺めるような、
トリビアな話題を提供していく所存ですので、御用とお急ぎでない方はお付き合い願います。

今回は三重県の鍾馗さんをご紹介。


素朴の極みがシャーマンのような凄みを醸しだす (松阪市上ノ庄町)


パーツのデフォルメがイカシてる (松阪市八重田町)

ワッキーの地名しりとりでわかったこと

 いきなりローカルな話題で恐縮ですが、東海地方をエリアとするCBC(中部日本放送)でやっている「ノブナガ」という深夜番組で、以前、ペナルティのワッキーが全国放浪を余儀なくされる「地名しりとり」という人気コーナーがありました。詳しい説明はWikipediaでもご覧頂くとして、簡単に言ってしまうと旅先で捉まえた人が三重県の地名を口に出さない限りワッキーは旅を終えることができず、相手が口にした地名に向かって旅を続けるというもの。
4年近く、500人もの人と出会いながら日本中(タイやブルネイにも行ってました)を北へ南へ行ったりきたりするものの、なかなか三重県の地名を口にする人は現れず、「松坂」を期待するワッキーに「松山!」と応える人が、多いこと多いこと。
ワッキーがあまりたびたび訪れるので、四国は松山駅前でじゃこ天を売るおばちゃんが、テレビを通じて有名人になっちゃったりする始末。
ようやく「松坂」という地名が出て、長い不条理な旅が終わったときには私も思わず貰い泣きしたものです。

このことからわかったのですが、どうも三重県というのは全国的には知名度が低く、
奈良・京都・大阪・滋賀とこれまで紹介してきた各府県がそれぞれ明解な個性を持つのに比べ、
三重県といって浮かぶ共通イメージは伊勢神宮くらいで今イチ影が薄い。
大体、近畿地方に入っていることもある一方で、東海地方に組み込まれていたりもして、
三重県自身がこんな解説も。

三重県の交通の大動脈といえば、鉄道では近鉄、道路は東名阪・名阪国道に最近新名神が加わりましたが、いずれも名古屋と関西を結ぶ路線。三重県はその経由地といった趣きです。

ところが江戸時代、今とはずいぶん事情が違っていた

 「江戸人と歩く東海道五十三次」(石川英輔著、新潮文庫)によると、伊勢参りは江戸時代の日本人にとってもっとも人気のある旅先で、文政十三年(1830)には五百万人もの参詣客があったとの記録もあるとか。
当時の総人口が三千万人程度で、一年のうちに全人口の六分の一が伊勢に向かったことになります。
現在の人口で換算すれば年間二千万人が伊勢参りをしていたことになりますね。

当時の旅は「気軽に日帰りバスツアー」というわけにはいかないので、これはすごい。

東京ディズニーランド・東京ディズニーシーの入場者が2007年で二千五百万人。
当時の日本人にとって、「お伊勢さん」は現在のTDR並みの超一級観光地だったといえるでしょう。

そんな人たちが全国各地からひたすら歩いて「お伊勢さん」をめざしたのですから、
今は静かな三重県内の街道筋も、旅人やそれを待ち受ける商売人でさぞや賑わっていたことでしょう。



みえの歴史街道」より転載

三重県内に残る旧街道の多くが、伊勢を目指しています。
これらの多くは鉄道開通と同時に役割を終え、さびれていくのですが、街道の風情はあちこちに今も残り、訪れる散策人を楽しませてくれます。


東海道・関宿 ゆるやかに蛇行する街道が町並みに変化を与える

三重の鍾馗さんの特色、分布

 三重県内でこれまでに発見した鍾馗さんは840体。他府県に比べて少し少ないですが、それでも県北部には満遍なく分布していて、桑名、四日市、鈴鹿、津、松阪と主な都市とその周辺ではどこに行っても鍾馗さんに出会うことができます。なぜか伊勢市周辺には少なく、伊勢神宮信仰と関係があるのかないのか、理由はわかりません。
尾鷲等、県南部は探索したこともあまりないのですが、鍾馗さんはほとんど見られないようです。

大雑把な傾向として、北部の桑名、四日市あたりは鍾馗さんがたくさん見られる一方で既製品が多く、中部の津、松阪に来ると、数が減る一方で手びねりの個性的な鍾馗さんが多くなります。

三重県特産の鍾馗さん。四日市周辺だけでたくさん見かける。(四日市市海山道町)

独自の個性を誇る伊賀の国

 三重県で鍾馗でみちくさするなら伊賀市でしょう。
伊賀上野は藤堂高虎が築いた上野城の城下町で関西方面と伊勢、名古屋を結ぶ街道筋としても繁栄した土地。碁盤目に広がる市街地にも、周辺の集落にも上野風とでもいうべき独特の鍾馗さんが数多く見られます。
伊賀瓦と呼ばれる独自の瓦産業が栄えていて、先回紹介の近江八幡と同様、地元の鬼師が独自の鍾馗さんを産みだしたのだと思われます。


顔も変ですが胴体はもっと変。全身像を末尾のリンクからご覧ください。(伊賀市上野西大手町)


あいや!待たれい!!は伊賀上野の鍾馗さんお得意のポーズ(伊賀市東條)


いかつい顔に浮かぶ微笑(伊賀市三田)

今回紹介した鍾馗さんたち


松阪市
上ノ庄町<1074>
松阪市
八重田町<1072>
四日市市
海山道町<0124>
伊賀市
上野西大手町
<0576>
伊賀市
東條
<0578>
伊賀市
三田
<0838>


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※<>内の数字は筆者HP「鍾馗博物館」内・収蔵室の通し番号です。





  • Kite

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  • 鍾馗博物館

  • 愛知県在住の会社員、1961年生まれ。
    週末のたびに関西方面へ遠征し、民家にひそむ鍾馗さんに望遠レンズを向けてます。
    不審尋問には笑顔とポケット版鍾馗ファイルで対抗するも、追い払われることもしば
    しば。