せっかく好きな喫茶店が増えても、気づくとひっそりと閉店してしまっていることがある。
ある日突然に、これまで毎日同じ時間に開いていたのに、開かなくなる。
私にも大好きだった喫茶店がなくなってしまったという経験はいくつもある。
そういう経験のある人は、外で飲むコーヒーが好きな人には結構多いのではないかと思う。

都市の変化は宿命で、その変化は町の細部から始まるものだから、喫茶店が町からひとつ消えるのはたぶん日々進行していること。
後継者のいる喫茶店は幸運で、どんなに形が変わっても続いていくことはその店にとって、またその店の常連客達にとってこの上ない幸福なこと。
東京にも案外、始まってから50年以上経っている喫茶店は残っている。
ただ私の経験だと、雑誌等どこにも載っているのを見たことのない、足で見つけた老舗喫茶に取材を断られてしまうことが多々あるので、ご紹介できないのが残念ですけれど。

かつて、後継者のいなかった老舗喫茶のひとつが、谷中にあるカヤバ珈琲だった。
この店もあるときから3年余り店が開くことはなく、高齢の方が営業していたのは知っていたから、閉店してしまったか、とあるときとても残念に思ったことを覚えている。
それから、ときどき谷中のほうへ行くたびに、店が開いてはいないかと店先まで確認に行った。
3年のあいだに、何度か見に行ったが店は変わらず開いていなかった。後継者がいるとかいないとか、この店の細かい事情は知らなかったから、建物がそのまま残っていることだけが、一縷の望みだった。




3年が過ぎて、私は店が再開したことを知る。
店は建物自体はそのまま残され、中は建築的に価値ある部分は残しつつ、少しモダンに改装された。



NPO法人のたいとう歴史都市研究会と、近くの銭湯をギャラリーに変えて人気を博しているSCAI THE BATH HOUSEによって、守られ再び営業を始めたのだった。




2009年、私は再開店して1ヶ月が過ぎたところでこの店を取材することができた。
現在は新しいコーヒーメーカーが入れられ、コーヒーの味は変わった。
コーヒーとココアを半々で割った往時の名物メニュー”ルシアン”や、ふんわり焼いた温かいたまごが入った”たまごサンド”は現在も残っている。




カヤバ珈琲は1916年(大正5)に建てられた町屋で、近所の人々の記憶によると最初は染物屋さんだったという。1940年(昭和15)から喫茶店として営業してきた。2006年から3年間の休業を経て、およそ70年間営業を続けている。





●カヤバ珈琲(谷中)
台東区谷中6-1-2
03-3823-3545
8:00~18:00
月曜定休
JR日暮里駅南口より徒歩10分/地下鉄根津駅より徒歩10分
コーヒー(ホット・アイス)400円(おかわり200円)
ルシアン500円
たまごサンド400円