石造の蕃塀に残る彫刻は、定番の獅子や龍だけではない。波の上を飛ぶ鳥や、滝を登る鯉などのさまざまなモチーフもある。
一宮市春明神明社の「蕃塀」
蕃塀の中で、特に真ん中に連子窓を持つ石造連子窓型蕃塀には、その連子窓の上下に多彩な彫刻を持っているものがある。前回は、その彫刻の一例として、連子窓の上に2匹の龍を、連子窓の下に2頭の獅子と1頭の虎を表現した事例を紹介した。この2匹の龍と2頭の獅子を描くパターンは非常に多く、現在分かっているだけで127基の石造連子窓型蕃塀に見られる。
でも、蕃塀の中で躍動する「生き物」たちは龍や獅子だけではない。冒頭の写真に注目してみよう。これは、一宮市春明神明社の石造連子窓型蕃塀の一部である。連子窓の下は束柱(つかばしら)によって2つの区画に分けられていて、それぞれに彫刻を持つ石板がはめ込まれている(上の写真)。その彫刻の下半分は、一見すると山並みが連なっているような感じだ。しかし、よく観察すると左端の部分に波飛沫(なみしぶき)が見えるので、高い波が表現されていることが分かる。そして、その波間の上に左を向いて飛ぶ鳥が5羽表現されている。
このような波の上を飛ぶ鳥を連子窓の下に表現されている蕃塀は、全部で9事例あるが、波飛沫(なみしぶき)の描き方は実にさまざまだ。あま市中橋神明社の蕃塀の場合(上の写真)は、火山が噴火したような、あるいはキノコの一種のような高い波が彫り込まれている。
次は、名古屋市北区如意大井神社の石造連子窓型蕃塀の一部である。連子窓の下は束柱によって3つの区画に分けられていて、両端の区画には定番の獅子の彫刻が施された石板がはめ込まれている(下の写真)。その間の中央の石板には、岩間の中に流れ落ちる滝の中を水流に逆らうように泳ぐ魚が描かれている。この魚はおそらく鯉であろう。
このような「鯉の滝登り(昇り)」は、「立身出世」を祈願する縁起の良い文様としてなじみが深い。もともとは、古代中国の史書『後漢書』にある「黄河の上流にある竜門という滝を登ることのできた鯉は竜になる」という故事に由来する。いわゆる「登竜門」のお話だ。まさに、神社の施設にもってこいの絵柄といえよう。
このような鯉の滝登りを連子窓の下に表現されている蕃塀は、全部で8事例が存在する。先ほどの大井神社の鯉の滝登りはダイナミックな勢いのある構図となっているが、稲沢市北麻績神明社の鯉の滝登り(上の写真)はまだまだ先が遠い感じがするし、清須市阿原河原神社の鯉の滝登り(下の写真)は滝口が狭すぎてその先はどこへ行ってしまうのだろうという不安を感じさせる。
石造連子窓型蕃塀に施される彫刻は、丁寧にこだわって見れば見るほど、その先に奥深い世界が広がっていることが分かる。それを体感できるのが「マニア」の特権であると思っている。