古い街並みをあちらこちらみちくさしながら最後に銭湯にたどり着く。
今回は埼玉県の秩父市を歩いて、最後に寶湯(埼玉県秩父市道生町6-17)に入ってきました。
秩父は埼玉県の北西部の山間地に位置する埼玉県最大の面積のある市町村です。
その歴史は古く、708年に同地で純度の高い和銅が算出され、日本で最初の流通貨幣といわれる「和同開珎」が造られて年号も和銅と改められたということです。
また、江戸末期から明治にかけては絹織物業で町が繁栄し、その頃の名残として現在も立派な和風、洋風の建築物が残されています。

あまり観光化されていない現役の建物が多く、街を散策するのもなかなか楽しい所です。

ここは国道299号沿い、秩父神社のすぐ近くにある元は劇場の建物。


元は秩父国際劇場の建物で現在は建材屋さんで使用しています。
センターのタワー状の構造物には当時の看板がそのまま取り付けられています。
現在の姿になったのは昭和25年頃で、その時に浅草の国際劇場を模して塔状の構造物が増築されたらしい。
一時は期間限定でイベントとして劇場復活もしたようですが、取り壊しの計画もあると聞きますし気になるところです。

となりにある上石商店も脇や上の窓にステンドグラスを採用した洒落た建築物です。


街中には洋館と蔵が並んで建っている光景も見られます。


こちらの洋館は近藤歯科医院。
登録有形文化財にしていされています。
蔵の脇には煉瓦の防火壁があり、白い蔵とダークブラウンの洋館のコントラストが美しい。


国道から1本裏手の道を歩いてみます。

この辺りにも立派な木造の建築物が何軒も現役で使われています。
この鴟尾のついた建物はヨガ教室をやっていました。


こちらも銅葺屋根に木造2階建ての住宅ですが、よくみると窓の細工など各部に手の込んだ造りがされています。


ここの道をさらに歩くと本日の目的地である「寶湯」です。
到着したのは夕方、日が暮れる頃で暗くなりかけた空に屋号入りの行灯看板が映えています。


コンクリート製のファッサードに木造の古い建物で屋号は旧字体で右から「湯らかた」と書かれています。
カラフルなテント庇があり男女入り口は別々の造り、古くて静かな住宅街にある創業昭和11年(1936年)のレトロ銭湯です。
入口を入ると土間の下足スペースがあり、男女ともセットバックされた番台にのみ仕切られた構造になっていて、番台のところから男女境壁になります。
下足スペースと脱衣場は特に仕切りが無く入口右手の下足箱が設置されていますが誰も使っていません。

番台のご主人に料金を支払う。
埼玉県入浴料金は410円ですが同湯はそれより安い380円でした。

脱衣場はロッカーもありますが、皆さん籐カゴを使っています。
天井は地方銭湯につきあまり高くなく、フロアにはマッサージ機、体重計などがあります。

さて浴室。
天井は木の組み合わせで四角円錐形になって頂点に湯気抜きのある構造の「唐傘天井」と呼ばれるものになっています。
奥壁には「伊豆」の富士山を見た構図のペンキ絵があります。
ていねいに描かれたこの絵にはエバラ尚栄堂・平成14年6月と記載がありました。
その下には深浅2槽の浴槽があります。
湯温は40℃くらい、少し金気のある感じの湯です。

カランは男女境壁側と鏡も無いプレーンなタイプの島カラン1基、外壁側にはカランは無く桶が積まれています。
男女境壁側カランは3基、なぜかシャワーが4基付いています。

男女境壁はなんとカランのシャワー上からすりガラスのはまった壁になっています。
もちろん女湯側は見えませんが、あまり無い構造にちょっと驚きました。
壁の脱衣場寄りには昔のプールや海の家にあったようなレトロな立シャワーが1基設置されています。
1936年(昭和11年)創業のなかなかのレトロ銭湯、構造も独特なものがありました。


寶湯
住所・埼玉県秩父市道生町6-17 営業14:00~20:30
お休みは月曜日





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  • 1960年、東京生まれ埼玉育ち。現在は神奈川県藤沢市に在住。小さい頃は風呂屋のペンキ絵が描きかえられるのを心待ちにしていた子供でした。

  • 現在は路地裏散歩と居酒屋徘徊を趣味としており、産業遺産ならぬ生活遺産に興味を抱き銭湯や古建物などを見て巡っております。

  • 座右の銘は遠い温泉より近くの銭湯、かな。