
このたびの震災により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
東京都心におきましても、停電や燃料不足、買占め、原発問題等が連日取り沙汰され、なかなか今までのようにぶらりと「みちくさ」に出る心持ちにはなれませんが、少しでも平常心を保つ意味で、本サイトへの寄稿を継続させていただければと思っております。何卒よろしくお願いいたします。(今回の記事は、全て震災直前の3月某日取材分となります)
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都心を歩いていると、古くから「○○山」と呼ばれる高台を随所に見つけることができ、御殿山や愛宕山などはバス停名ともなっていますが、不忍通りを根津から千駄木方向へ向かうと、千駄木駅から通りが緩やかに左へカーブしていく先に、今回ご紹介する「道灌山下」バス停があります。
バス停のある交差点から東へ向かう通りを道灌山通りと呼びますが、これを歩くと、正面に見える西日暮里駅の高架の手前で、この通りが大きな高台を真っ二つに切り分けている様子がよくわかります。このうち、向かって左手が道灌山、右手が諏訪台と呼ばれます。

もともと道灌山は、谷中付近の高台に続く丘陵地で、その名は中世の頃に土豪関道閑(せきどうかん)が居宅を構えていたことに因むとする説や、太田道灌の出城があったことに因むとする説などがあります。高台からは、遠く日光、筑波の山々を望んだといわれ、江戸時代には遊興地として賑ったと伝えられます。当時、道灌山の大半は秋田藩主佐竹右京大夫の抱屋敷となっていましたが、その跡地が現在の開成学園の敷地一帯にあたります。

道灌山から諏訪台へは、道灌山通りの切通しをダイナミックに渡す歩道橋を使って往き来ができます。これを渡って諏訪台の上へ上ると、そこは樹々に囲まれた西日暮里公園となっています。山手線の駅前という立地を忘れさせるほどの緑の深さに驚かされますが、『江戸名所図会』などで知られる「道灌船繋松」のあったのが、この辺りでしょうか。同書には「道灌山聴蟲(むしきき)」という項もあり、この付近が夏の夜に虫の声を楽しめる場所として知られていたこともわかります。

公園を抜けると、多数の寺社が並ぶ高台の尾根筋を、諏訪台通りが谷中方面へ通じています。すぐ左手には諏訪神社がありますが、境内の東側は西日暮里駅に面した崖地で、山手線や新幹線の行き交う眺望を堪能できます。そして何よりも、雑草に覆われた崖地はいかにも古色蒼然とした佇まいを見せ、眼下の電車さえ目に入らなければ、郊外の丘陵地でも訪ねているような気分にさえしてくれます。

雪見寺と呼ばれる浄光寺などを見ながら諏訪台通りを進むと、千駄木へ下る富士見坂上に出ます。数ある東京の富士見坂のうち、現在でも実際に富士を望める貴重な坂のひとつとして知られます。西の方向にスーッと視界が突き抜けていく眺望は、諏訪台の高さを物語っているともいえます。冬場の晴天は富士を望む好機と思われましたが、・・・あいにく私が訪ねた際は、雲にかすみ、富士の姿を捉えることはできませんでした。

富士見坂を下れば、「谷根千」の愛称で親しまれる「よみせ通り」や「谷中銀座」も間近です。

都心を歩いていると、古くから「○○山」と呼ばれる高台を随所に見つけることができ、御殿山や愛宕山などはバス停名ともなっていますが、不忍通りを根津から千駄木方向へ向かうと、千駄木駅から通りが緩やかに左へカーブしていく先に、今回ご紹介する「道灌山下」バス停があります。
バス停のある交差点から東へ向かう通りを道灌山通りと呼びますが、これを歩くと、正面に見える西日暮里駅の高架の手前で、この通りが大きな高台を真っ二つに切り分けている様子がよくわかります。このうち、向かって左手が道灌山、右手が諏訪台と呼ばれます。

もともと道灌山は、谷中付近の高台に続く丘陵地で、その名は中世の頃に土豪関道閑(せきどうかん)が居宅を構えていたことに因むとする説や、太田道灌の出城があったことに因むとする説などがあります。高台からは、遠く日光、筑波の山々を望んだといわれ、江戸時代には遊興地として賑ったと伝えられます。当時、道灌山の大半は秋田藩主佐竹右京大夫の抱屋敷となっていましたが、その跡地が現在の開成学園の敷地一帯にあたります。

道灌山から諏訪台へは、道灌山通りの切通しをダイナミックに渡す歩道橋を使って往き来ができます。これを渡って諏訪台の上へ上ると、そこは樹々に囲まれた西日暮里公園となっています。山手線の駅前という立地を忘れさせるほどの緑の深さに驚かされますが、『江戸名所図会』などで知られる「道灌船繋松」のあったのが、この辺りでしょうか。同書には「道灌山聴蟲(むしきき)」という項もあり、この付近が夏の夜に虫の声を楽しめる場所として知られていたこともわかります。

公園を抜けると、多数の寺社が並ぶ高台の尾根筋を、諏訪台通りが谷中方面へ通じています。すぐ左手には諏訪神社がありますが、境内の東側は西日暮里駅に面した崖地で、山手線や新幹線の行き交う眺望を堪能できます。そして何よりも、雑草に覆われた崖地はいかにも古色蒼然とした佇まいを見せ、眼下の電車さえ目に入らなければ、郊外の丘陵地でも訪ねているような気分にさえしてくれます。

雪見寺と呼ばれる浄光寺などを見ながら諏訪台通りを進むと、千駄木へ下る富士見坂上に出ます。数ある東京の富士見坂のうち、現在でも実際に富士を望める貴重な坂のひとつとして知られます。西の方向にスーッと視界が突き抜けていく眺望は、諏訪台の高さを物語っているともいえます。冬場の晴天は富士を望む好機と思われましたが、・・・あいにく私が訪ねた際は、雲にかすみ、富士の姿を捉えることはできませんでした。

富士見坂を下れば、「谷根千」の愛称で親しまれる「よみせ通り」や「谷中銀座」も間近です。

- 岩垣 顕
- 雑司が谷の杜から 東京再発見への誘い
- 1967年生まれ。坂、川、街道、地名、荷風など、様々な切り口で東京の街歩きを楽しむ散歩人。著書に、「歩いて楽しむ江戸東京旧街道めぐり (江戸・東京文庫)」「荷風片手に 東京・市川散歩」「荷風日和下駄読みあるき」など。

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