東京の喫茶店について語りたいならば、この店には入っておいたほうがいいという老舗がいくつかあると思う。
渋谷の名曲喫茶ライオン、浅草のアンジェラス、谷中のカヤバ珈琲、北千住の喫茶室サンローゼ、町田のプリンス、そして神保町のラドリオ、ミロンガ・ヌオーバ、忘れてはならないのが、さぼうる。
神保町は古い喫茶店が多く残る町のひとつだと思うが、さぼうるは取材後本を見てくださった何人かの人たちに「懐かしい」と言われた。多くの人の記憶に残っているだろう老舗喫茶だ。



さぼうるはいまから56年前、昭和30年に現在の場所で創業。山小屋のような店の佇まいは、開店から殆ど変わっていない。
隣接する食事中心の店舗・さぼうる2では、ナポリタンが人気だ。
店主の鈴木さんは創業時から店で働き、8年後に店を買い取って店主になり、現在に至る。それから48年が経った。
店に泊まり込み、店とともに生き、毎日店で目を光らせて従業員たちを見守る。
サービスが行き届かなくてはお客さん達も居心地が悪いだろうと、さぼうるとさぼうる2を合わせると30人もの従業員がいるというから驚きだ。こんなに大勢の従業員を雇っている喫茶店を私は他に見たことがない。
「家賃を払って、皆のお給料を払って何も残らないですよ。でも私には子どもがいないから財産を残したってしょうがない」と鈴木さんは笑う。
話をしていても、居心地の悪いお客さんがいないようにと、いつも店内に気を配って指示を出している。





コーヒーは少し酸味のあるタイプで、生ジュースがとてもおいしい。バナナも美味しいけれど、私はイチゴがお気に入り。
壁にはいつから書かれはじめたのかわからない無数の落書きがある。





東京の喫茶店について語るために店に入ってみてほしいというわけではない。
生き残る店には、生き残っている理由があって魅力があって、それは変化の目まぐるしい現在の東京においてはある意味、奇跡的なことと私は思う。
そんな魅力的な場所が電車で数十分の場所にあるのだから、行ってみる価値はあるのではないか。同じ時代を生きる同志に会いに行くような気持ちで。
その中で、何度も通いたいお気に入りの店が見つかるかもしれない。
私もずっと以前にも数回さぼうるに入ったことがあったが、何度も通ってなぜここへ人が集うのかを理解し、以前よりもずっと愛着を持った。今ではまたマスターに会うのが楽しみだ。

ただ、有名な店だけがいい店ではない。
無名で地味でひっそり営業してる店でもいい店はいくらでもある。
そんな無名の名店との出会いも、今後とても楽しみなのである。






○味の珈琲屋 さぼうる
千代田区神田神保町1-11
03-3291-8404
地下鉄神保町駅A7出口すぐ
9:00~23:00
日曜定休 (祝日不定休)
ブレンドコーヒー400円
イチゴジュース500円
バナナジュース500円