戦後の復興が生んだ都市文化といえば、ロックンロールに代表されるアメリカナイズされた文化ですが、ところが面白いことに、こと喫茶店で見る限り、この頃の日本人の憧れの対象はヨローッパへ向かっていました。
新宿歌舞伎町にある「王城」はその典型で、城郭様式を模した煉瓦造りの喫茶店(現在はカラオケ店)でした。 このような城郭様式の模倣は、ウィーンやドイツや北欧の湖のほとりや森に建つ自然の中の城といったイメージが強く結びついています(陣内秀信:江戸東京のみかた調べ方)。


 蛇足になりますが、1967年の大ヒット曲「ブルー・シャトウ」の歌詞(森と泉に囲まれて静かに眠る..)に登場するシャトウ(城)は、ジャッキー吉川さんによると、北欧のスウェーデンの城をイメージしていたそうです(テリー伊藤:あのヒット曲の舞台はここだ!)。このことからも解る通り、メルヘンチックな世界につい ては、アメリカナイズされた文化よりもヨーロッパの文化の方がぴったりと当てはまりました。


 城郭様式を模した喫茶店は、窓が少なくステンドグラスが用いられ、薄暗い空間の中にメルヘン世界を実現したため、おのずとそこに、いかがわしさも生むことになりました。城郭様式を模した喫茶店は、3,4階建てのものも多く、最上階が個室喫茶や同伴喫茶となっている場合も少なくありませんでした。


 「ブルー・シャトウ」のネーミングに影響されたかどうかは定かではありませんが、1980年、茨城県水戸に「クイーン・シャトウ」(現在は廃墟)という名の巨大トルコ風呂がオープンしました。建物は5階建てで、城郭様式を模した外観と内装に、8億円(当時)をかけた豪華さは、他に類をみないものでした。城郭様式を模し た建物の中央にトランプのクイーンの絵が描かれてあって、一層豪華さをかもしだします。客室は16(1フロアあたり4室)と少なく、1部屋の広さは20畳近くありました。エレベータは行きと帰りの2基。エレベータの中にはお客様にリラックスして頂くためのソファーが一つ置いてありました(全国高級トルコ・ガイド 1981)。


 「クイーン」「エンペラー」「エリザベス」「ロイヤル」「インペリアル」などは、いわゆる「王朝風」と呼ばれた当時流行したネーミングで、このネーミングと城郭様式の外観からくる高級感により、メルヘン世界実現のためのゴージャスな非日常空間が演出されました。