看板建築は「屋号」の表現がおもしろい。筆文字の金物細工でどんと店名を表しているところに注目してみたい。

■個人商店だけに屋号は様々

看板建築の基礎講座、「ファサード特集第二弾」は「屋号」に注目してみたいと思います。「屋号」といっても、看板建築のファサード部分に、そのお店の「店名」「業種」「連絡先」などを示している情報すべてを取り扱います。

看板建築というと「看板」で店名表記をするのか、というと必ずしもそういう物件ばかりではありません。最近の消費者金融の看板のように全面的に看板を貼る例はほとんどありません。せいぜい横長の長方形の看板を軒に掲げるくらいです。(電気屋さんは例外的で、日立やナショナルの名前を大看板で掲げることがあります。これは戦後に掛け替えたものと思われます)

看板建築の多くは店名を一文字ずつ作った金物細工で掲げています。書体は筆文字が多いです。これはやはり、個人商店が屋号を掲げる際に、従来の考え方をベースにしていたためと思われます。洋風の外装で建物を整えても、やはり日本語で屋号を掲げるほうがしっくりときたのでしょう。お客さんの側も全部英語で表記されると読めない、という事情もあったかもしれません。

大正から昭和初期の建物ですから、屋号の表現をひとつとっても、モダンさが感じられる物件もたくさんあり、看板建築のおもしろさにつながっています。今回はそうした屋号の楽しみ方のヒントをご紹介します。


一字ごとに文字を掲げるのが基本。筆文字がセオリーだが丸ゴシック風も。右→左の文字列は戦前の屋号の可能性が高い。

■金物の文字を堪能したい

もし、看板建築に屋号がかかっていたら、近づいてその雰囲気を堪能してみましょう。多くは金色ですが、古いものは錆びていることもあります。筆文字で「○○商店」とか「○○屋」と表示されていれば、それは建築当初からの看板の可能性が高いです。

文字が「AB屋」ではなく「屋BA」と書かれていれば、左→右ではなく、右→左に文字が書かれているわけですから、戦前から掲げられているビンテージ屋号ということになります。65年を経過している可能性があるわけで、これはかなり貴重です。建物も戦前建築であることがほぼ確実ということになります。

商品名を掲示していることもあります。当時はあこがれであったであろう商品の名称を誇らしげにファサードに表記しているわけです。下の写真では「PLATINUM」とありますが、プラチナ万年筆をおそらく取り扱っていたものと想像されます。

最初に筆文字が多い、といいましたが、英語表記の例もみかけます。洒落て店名をローマ字表記していたり、商品名を英語表記している例です。これも大正~昭和初期のモダンさが忍ばれます。今以上に、英語表記はおしゃれであったはずです。

また、文字の一部が剥落してしまい、欠けていることもよくあります。お店が閉店していればそれも当然ですが、営業中の店舗でも欠けていることがあります。たぶん、経営者は高齢化して「まあ、直すのも面倒だし(お金もかかるし)、いいか」と割り切っているのでしょう。文字が欠けているのを解読して補うのも楽しいものです。

電話番号表記もチェックポイントです。東京ですと、現在は「3XXX-XXXX」になるのですが、「XXX-XXXX」と7ケタしかない場合、少なくとも1991年1月より前のもの、ということになります。少なくともそれ以降20年にわたってそのまま放置しているわけですから、オーナーのおおらかさが味わえます。

ときには、実際のお店の業種と建築当初からの屋号が異なっている場合もあります。「ここはまったく違うお店がテナントで入ったみたい」とか「ここは自転車屋さんとバイク屋さんの看板が並んでいるところをみると、息子さんが少し業種変更をしたのかな」なんて想像する楽しみがあります。

驚く例としては「筆で書いた?」と思わせるように、壁面に直接書かれた店名表記です。さすがに墨ではなくペンキなのでしょうが、書体が筆文字なだけに、書家が直接壁面に大きな筆で書いたのかと思わせます。当然、経年劣化でかすれているため、それがまたいい風情となります。

屋号に着目するだけでも、看板建築の楽しみ方がかなりある、ということがおわかりいただけたでしょうか?


変わり種4種。左上のような英語で商品名はレア。文房具屋さん。右上のような「看板!」というのも実は珍しい。左下のような縦書きも希少。右下の墨書き!風は超貴重。

■商売の内容を示したロゴマークも美しい

また、文字だけでなく、商標というか企業ロゴにも注目です。金物細工が巧みで「紋章」と呼びたくなる美しい例がたくさんあるからです。
(ここでは屋号と直接関係する装飾について「紋章(ロゴマーク)」と呼んでいます。建築の装飾として紋章のようなものを入れるケースについてはまた別途紹介します)

商標登録などしていないと思われますが、自社のロゴマーク(紋章)を小さな商店がデザインした例は、今みてもなかなか洒落ているものが多くあります。内容としては「取り扱い品」をモチーフとしたもの、「イニシャルのアルファベット」を組み合わせたもの、「漢字一文字ないし数文字」をデザインしたものなど様々です。

特に取扱品をモチーフとしたロゴマーク(紋章)には、「おお!」と思わせるものが多く、ぜひ写真にも撮って保存しておきたいところです。写真のように「メガネ!」「徽章屋さんだけにトロフィーね!」と直球のものから「米の稲穂?競輪選手?」とじっくり悩ませるものまで様々です。

ちなみに、写真に撮る場合は、少し離れてズームで狙ってみるとうまく撮れます。(真下から撮影すると斜めに歪んだ形になってしまう)。10倍以上のズーム機能があるといいでしょう。

ところで、こうしたロゴマークは、ファサードの上部に置かれることが多いようです。位置は建物の中心がほとんどです。屋号の「○○屋」という文字が、目の触れやすい軒の高さに置かれることが多いのと対照的です。

看板建築を鑑賞するときは、ちょっと離れてロゴマークの有無はチェックし、その後近づいて屋号等をじっと眺めるような手順を踏みましょう。


上の2種は眼鏡屋さん、徽章屋さんということがよく分かる図案。下左は「味楽百貨店」から一字取ったもの。右下はどうやら自転車屋さんか?

■外された跡もまた侘びを楽しめる

最後に、屋号が外された風情も楽しめる、という話で締めたいと思います。
看板建築の建物は残っていても、お店は廃業しているということはよくあります。たいてい屋号はつけたままなのですが、取り外されることもあります。しかし、長年かけたままの「跡」が残っていて、店名や電話番号、商品名がうっすらと読み取れることがあるのです。

看板建築の建物が廃業し、役割を終えたとき、オーナーであった老夫婦はせめて屋号の文字を取り外して保存したのではないでしょうか。しかし、建て壊しを待つ看板建築のファサードには、店名や連絡先が長い商売の年月をきちんと刻みつけられているのです。

写真では元魚屋さんだと思われる看板建築の壁面に「魚徳」という屋号がしっかり読み取れることがわかります。



左から半時計回りに「ドライクリーニング」「鮮魚 魚徳」「池本ハガネ店」「八百宗」と読めてくると看板建築鑑賞の達人かも?

   ■   ■

屋号については語り尽くせないほどですから、また改めてネタにしてみたいと思います。(ここに掲載のものは、私の手元にストックがある写真でしかありません。もっと素敵な事例はたくさんあります)

次回は、「装飾」についてファサードをチェックしてみます。お楽しみに。


(撮影地: 新宿区西五軒町・神楽坂、品川区北品川・小山、文京区千石・水道、豊島区南長崎、千代田区外神田・神田司町・神田神保町・鍛冶町、台東区東上野・下谷・鳥越、江東区猿江あたり。なお、一部現存しないものあり)





  • 山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ)

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  • 1972年生まれ。本業はファイナンシャルプランナー。資産運用とか年金のことを分かりやすく書いたりしゃべるのが仕事。副業はオタク。ゲーム・マンガ・街歩きを同時並行的に好む。所属学会は日本年金学会と東京スリバチ学会。Twitterアカウントは@yam_syun