看板建築を洋風するための「ニセ柱」はおもしろい。様式も関係なく、「洋風」を楽しんでいた時代が伝わってくる。

「柱」しかも「ニセ柱」に目をつけてみる

看板建築のカンバンたるゆえんであるファサード(建物の前面)部分をじっくり堪能するシリーズも4回目です。ここまで、「形状」「屋号」「戸袋」について堪能してきたわけですが、今回注目してみたいのは装飾のうち「柱」です。しかも「ニセ柱」です。

「柱」というのは普通にいえば、建築の構造的に屋根や2階を支えるために絶対に必要なものです。看板建築は高層ビルが簡単に建てられなかった時代の記憶なので、3階建てはほとんどありません(3階部分は建築の認可を取る際には「屋根裏」としていたことが多い。詳しくはバックナンバーの「マンサード屋根の秘密」へ)。

もちろん看板建築にも柱はあります。看板建築は1フロアあたりの面積が狭いことや、商業建築としてフロアを自由に使う要請が高かったことなどから、周辺の4カ所に柱を立てて、部屋の中央には柱がない構造にしていることが多いようです。

しかし今回は構造上欠かせない柱ではなく、「ニセ柱」に注目してみたいと思います。ここでいう「ニセ柱」とは、看板建築の正面部分、つまりファサードの装飾として「柱っぽいもの」を作り付けていることを指します。

この「ニセ柱」、構造的な意味はありません。上のフロアの荷重はかかっていません。この「ニセ柱」がなくても建物はしっかり存在しているようなものです。


ファサードの二階部分に「ニセ柱」がある。この柱は飾りであって、構造上の役割はない。デザイン的にそこにあるだけなのだが、それがまたいい感じである。


「ニセ柱」に洋風を楽しんだ雰囲気が伝わってくる

どうしてまた、「ニセ柱」が看板建築には存在するのでしょうか。

その理由は「洋風」です。看板建築は関東大震災の後、擬洋風、つまりニセ洋風の建築を目指して作られた、という話はしましたが、ファサードを一枚ひっぺがすと、後ろ側はただの和風の家であることがほとんどです。壁一枚だけで洋風建築っぽい雰囲気を出そうと当時の商店主は工夫を凝らしました。
建築を請け負ったのも専門の知識を持たない町の大工であることが多く、どんなものが洋風っぽいか一生懸命考えた結果、「柱」が出てきたものと思われます。

ニセ柱ですから、様式もいろいろです。写真にもいくつかの柱が出てきますが、西欧の建築様式のいろんなパターンをつまみ食いしたように、柱のデザインを行った感じがします。
もしかすると、近くの洋風建築を見学に行って、スケッチして真似たのかもしれません。都内であれば国家的建築やデパート、駅舎などに洋風建築がどんどん増えていた時代ですから、参考にするヒントはたくさんあったはずです。

ニセ柱を鑑賞していると、「格好いい建物に仕上げたぞ!」という商店主と大工の誇らしげな表情が目に浮かんできます。細かい様式にこだわっても、しょせん日本の小さな小売店です(一歩裏に入れば和風建築ですし)。のびのびと「洋風」を楽しんでいた昭和初期の雰囲気が「ニセ柱」から伝わってくるのです。

東京駅や日本銀行、三越や伊勢丹といった有名建築を除けば、洋風建築の多くがどんどん取り壊されています。そんな中、個人の自宅と商店を兼ねたようなこじんまりとした建物だからこそ、長生きをしているのかもしれません。そんな風に思うと、看板建築も素敵な文化遺産のように見えてくるから不思議です。


周囲の建物がどんどん取り壊されてもなお、生き残る看板建築。ニセ柱からは「洋風」を作ろうと試行錯誤した当時の商店主や大工のこだわりが感じられる。


ニセ柱は「もるかん!」に豊富に見られる

今回の写真には、緑青の美しい銅板葺きの看板建築はありません。「ニセ柱」は、擬石やモルタルで仕上げた看板建築に多く見られるからです。銅板の場合、傾向としては平らに壁面を覆うように加工されることが多いため、柱に用いられている例はあまりないからです(ときどき、柱を銅板で覆った例もあるので、あなどれない)。

私はモルタルの看板建築を「もるかん!」と呼んでいます(もちろん、ゆるい軽音部アニメにインスパイアされて命名したもの)。「もるかん!」の醍醐味のひとつが「ニセ柱」です。

モルタル仕上げの看板建築は、今まであまり珍重されてきませんでした。私も「もるかん!」の面白さに気がつくまで、ずいぶん時間がかかりました。しかし、目をやってみると、保存されている割合が銅板葺きより高く、意匠にもおもしろみがあることが分かってきました。

皆さんもぜひ、銅板仕上げばかり目を向けず、モルタル仕上げのいい風情の看板建築に目をやってみてください。「ニセ柱」がよいアクセントになっているかもしれません。

さて、ファサードシリーズはまだ続きます。お楽しみに。


左の建物は現存せず。右の建物は江戸東京たてもの園に移築保存されているもの。「これでもか!」というぐらいのニセ柱具合がすばらしい。

(今回の撮影地) 中央区日本橋小網町・日本橋小伝馬町、台東区池之端・東上野、文京区本郷、渋谷区道玄坂あたり






  • 山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ)

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  • 1972年生まれ。本業はファイナンシャルプランナー。資産運用とか年金のことを分かりやすく書いたりしゃべるのが仕事。副業はオタク。ゲーム・マンガ・街歩きを同時並行的に好む。所属学会は日本年金学会と東京スリバチ学会。Twitterアカウントは@yam_syun