テレビのニュースは、午前中の天候悪化を告げていた。
冬が逝くからだろうか。このところ、週末に雨という、歓迎できないパターンが続いている。
ホテルの朝食サービスを急いでかき込み、上野駅に向かう。山手線から日暮里、更に舎人ライナーで熊野前へ。
目指すは住宅街にある酒屋さんだ。関東在住の琺瑯看板マニアの方に教えていただいた情報では、お酒や醤油の看板が貼られているらしい。
熊野の電停から商店街を歩くと、いかにも下町然とした雰囲気が濃厚になった。これまで勝手に解釈していたが、東京でいう【下町】とは、高級住宅地のイメージがある【山の手】と反対に、小さな町工場や商店がある地域だと思っていた。
調べてみると、あながち間違ってはないようで、どうやらその端緒は江戸時代の住み分けに由来するそうだ。つまり御府内で、高台の武家地域を【山の手】と呼び、低地にある商工業が盛んな町人の暮らす町を【下町】と呼んだというのが始まりらしい。

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東京における下町のイメージは、代表的な地域である日本橋・京橋・神田・下谷・浅草・深川・本所等の他に、現在では寅さんの柴又を始めメディアに取り上げられるエリア、また、荒川・江戸川などの河川敷に近い商業地域等、“江戸情緒や人情を残す町”というイメージが強くなってきたようだ。
さて、今回のホーロー探検は、東京のそんな下町を歩くことが目的である。出張帰りの、スーツにビジネス鞄の肩掛け、足元はビジネスシューズ…そしてカメラを提げた、なんとも様にならない出で立ちである。

目的の酒屋さんは、民家が密集した区画をぐるぐると回り、半ばあきらめかけた頃、ようやく見つかった。「持っていけ!」といわんばかりに、「清酒神聖」と「サカガミ醤油」の看板が無造作に貼られていた。全国的にホーロー看板が激減している今、大都会に残った看板は貴重ではないだろうか。

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小台から都電に乗り、荒川線庚申塚駅で降りると、申し合わせたように冷たい雨となった。色とりどりの傘の花が咲く商店街を突っ切ると、住宅地の中にソース工場があった。
トキハソース㈱は大正12年創業。東京で一番古いソースメーカーだという。建物の壁にはホーロー看板が貼られ、ソースの甘い香りが漂っていた。
このところ身体の一部になってしまった歩数計の表示は、午後を迎えるまでに一万歩を超えた。

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雨の中のホーローウォーキングはまだまだ続く。池袋まで戻り、西部池袋線で東長崎に出て、再び歩き出す。
季節はずれの「冷やっこ」の看板が貼られた豆腐屋は、にぎやかな商店街の中に埋もれるようにあった。愛嬌が良いお婆ちゃんが店番をしていると聞いたが、声をかけても返事がなかった。仕方なく撮り逃げをしてしまったが、こういうのは後味が悪い。

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池袋から新宿に出て、京王電鉄に乗車し、笹塚駅で降りる。ここからは完全に徒歩行軍である。「たこの吸出し」→「ハチ公ソース」→「カビドール」と撮り歩き、最後は激しく雨が降る、喧騒の渋谷駅にゴールした。
雨を吸い込んだビジネスシューズは靴下まで濡れ、スーツもヨレヨレ状態で、まるで敗残兵のようになった。
しかし、カメラに収めた今日の成果は、充分におつりが来るくらい満足いくものだった。
(取材2012.3.2)

※今回出遭った琺瑯看板たち
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  • つちのこ
  • 琺瑯看板探険隊が行く
  • 1958年名古屋生まれ。“琺瑯看板がある風景”を求めて彷徨う日々を重ねるうちに、「探検」という言葉が一番マッチすることを確信した。“ひっつきむし”をつけながら雑草を掻き分けて廃屋へ、犬に吼えられながら農家の蔵へ、迫ってくる電車の恐怖におののきながら線路脇へ、まさにこれは「探検」としか言いようがないではないか。