
今回は、基地の街の進駐軍クラブ跡(戦後日本のポピュラー音楽発展史)を散歩します。
終戦直後の1945年に発足したRAA(特殊慰安施設協会)は、進駐軍に対する性の慰安を目的としたものでしたが、実はこのRAAこそ、戦後日本のポピュラー音楽発展の大きな力となりました。なぜなら、RAAの組織には、慰安所だけでなく、ダンスホール、キャバレー、クラブなどが多数あったからです。これらの進駐軍クラブは、ジャズなどの米兵が喜ぶ楽曲を演奏することと、その高度な演奏技術が要求されたため、進駐軍クラブが日本のポビュラー音楽発展の場となりました。
埼玉県朝霞市の南栄通り周辺には、朝鮮戦争(1950年勃発)の頃、進駐軍相手のバーやクラブが乱立し、目にするのは米兵、夜の女、ポン引き、第三国人ばかりでした。現在は歓楽街の名残はほとんど見当たりませんが、T字路にある「バー・コーナー」跡の建物に痕跡が残されています。
進駐軍クラブの「キャバレー・フラミンゴ」(現在は駐車場)では、江利チエミ、雪村いずみ、などが活躍しました。その後、1952年にサンフランシコ講和条約が締結され、進駐軍が撤退すると、演奏家たちは仕事場を求めて日本人用ナイトクラブ(歌謡曲のバックバンド)などに活躍の場を求めるようになり、日本のポピュラー音楽は、進駐軍クラブから歌謡曲へと発展することになりました。

1960年代後半の日本の歌謡曲界で、グループ・サウンズがブームとなりましたが、その火付け役となった「ゴールデン・カップス」ゆかりのライブ・ハウス「GOLDEN CUP」が横浜の本牧に当時のままで現在も営業しています。本牧は、サンフランシコ講和条約後も駐留軍として米軍基地が存在したため、本牧は、当時、もっともアメリカに近い日本として注目を浴びていました。特にベトナム戦争時(1960年〜1975年)は、夜になると、米兵や米兵目当ての女たちがたむろして異様な雰囲気の町となりました。

そんな本牧に「GOLDEN CUP」は1964年に誕生しました。そこの専属バンドだった「平尾時宗とグループ・アンド・アイ」は、本場のリズム&ブルースを演奏し、若者や米兵の人気を独占し、その後「ゴールデン・カップス」として、レコードデビューしました。

以上のように、戦後、進駐軍が、慰安のための女を求めたとともに、アメリカの音楽を演奏する日本人音楽家を求めたことが、日本のポピュラー音楽発展の力になったといえます。
埼玉県朝霞市の南栄通り周辺には、朝鮮戦争(1950年勃発)の頃、進駐軍相手のバーやクラブが乱立し、目にするのは米兵、夜の女、ポン引き、第三国人ばかりでした。現在は歓楽街の名残はほとんど見当たりませんが、T字路にある「バー・コーナー」跡の建物に痕跡が残されています。
進駐軍クラブの「キャバレー・フラミンゴ」(現在は駐車場)では、江利チエミ、雪村いずみ、などが活躍しました。その後、1952年にサンフランシコ講和条約が締結され、進駐軍が撤退すると、演奏家たちは仕事場を求めて日本人用ナイトクラブ(歌謡曲のバックバンド)などに活躍の場を求めるようになり、日本のポピュラー音楽は、進駐軍クラブから歌謡曲へと発展することになりました。

1960年代後半の日本の歌謡曲界で、グループ・サウンズがブームとなりましたが、その火付け役となった「ゴールデン・カップス」ゆかりのライブ・ハウス「GOLDEN CUP」が横浜の本牧に当時のままで現在も営業しています。本牧は、サンフランシコ講和条約後も駐留軍として米軍基地が存在したため、本牧は、当時、もっともアメリカに近い日本として注目を浴びていました。特にベトナム戦争時(1960年〜1975年)は、夜になると、米兵や米兵目当ての女たちがたむろして異様な雰囲気の町となりました。

そんな本牧に「GOLDEN CUP」は1964年に誕生しました。そこの専属バンドだった「平尾時宗とグループ・アンド・アイ」は、本場のリズム&ブルースを演奏し、若者や米兵の人気を独占し、その後「ゴールデン・カップス」として、レコードデビューしました。

以上のように、戦後、進駐軍が、慰安のための女を求めたとともに、アメリカの音楽を演奏する日本人音楽家を求めたことが、日本のポピュラー音楽発展の力になったといえます。


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